好奇心からの便り

好奇心旺盛に神々の出雲の国周辺や、日常の気になる情報をお届けします。

なぜ願わない方(辛い立場になること)ばかりを見つめますか?

こんにちは。

好奇心からの便りです。

TVのBSチャンネルで古いホームドラマを視聴していて、ふと、昔職場にいた先輩Aさんのことを思い出しました。

 

彼女は私より少し年上の既婚の方で、家庭のことなどを時々私に話してくださいました。

そのAさんの話を聞くうちに、Aさん自身の性格としてちょくちょく気になることがありました。

 

Aさんは同居のご家族に対し、かなり神経をすり減らしておられたようです。

 

時々「こうして欲しい」とAさんが望んでいたような行動をご家族がされることがあり、その話を聞いたこちらとしては「良かったですね」と伝えるのですが、そんな時はAさんはたいがい浮かばない表情でつぶやかれるのです。

 

「でもね、そうなると今度は○○のことが気になって」とか、

「そのせいで○○を押し付けられるし」または

「○○されるとこっちが困る」などといい出されるのです。

 

 

 

そんな風に言われたら聞かされている私としてはなんと言葉を返してよいものかと……。

 

(え? だってご家族がそうされることをAさんは望んでいたはずだよね?)

(それはまだ起きていない心配事、起きるか分からない心配事、どちらかと言えば要らぬ心配じゃないの?)

そんなふうに感じていました。

それってある意味被害妄想じゃないのか? とさえ思いました。

 

ま、他人様のご家庭のこと、よく知りもしないで勝手なことを言うわけにもいかずスルーしましたが。

 

でも考えてみると、Aさんは、Aさん本人が期待していたご家族の言動をすんなりみせてもらったにもかかわらず、それはそれで新たな不満が生じているわけです。

 

気持ちはわからなくもないですが、でもそれだと何がどうなってもAさんはこれから先も気分良く過ごせることなど無いのではないかと思えますし、イヤな言い方をすれば、あえて自分が辛い立場になることばかりに意識を向けておられるんじゃないかと感じたりもしたのです。

 

人間誰しも良い出来事もイヤな出来事もどっちもあります。

しあわせそうに見える人だって体験したくない出来事にたくさん遭遇しています。

それをどう捉えているか、そこに違いがある気がします。

 

「私って不幸でしょ?」みたいな心の声を拾って欲しいと思っている人もいます。

逆に、無理に「幸せですよ! 元気ですよ!」なんて言われるのも、それはそれでかなり痛いのですが……。

 

とりあえず相手が好ましい言動をしてくれたのなら、そこは一旦素直に喜んでも良いのではないでしょうか。

認めても良いのではないでしょうか。

 

それから先のことはその時になってみないと分かりませんもの。

 

あれから随分の年数が経ちましたが、Aさん、今お元気で笑顔で過ごされていることを願う私でした。

 

以上

好奇心からの便りでした。

お立ち寄りありがとうございました。

 

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