こんにちは。
好奇心からの便りです。

以前読んだ本の中に興味深い一説がありました。
それはマーケティングや営業の教訓などに使われる有名な寓話のようです。
ご存じの方も多いかもしれません。
アフリカのとある地域に靴を売るために現地調査をしに行った二人のセールスマン。
ひとりのセールスマンは会社に次のように報告をしました。
「ここは靴を履かない民族です。ニーズがないので靴なんか売れるはずありません」と。
さて、もう一方のセールスマンはというと
「ここは靴を履いている人がいません! たくさん売り込むことができるでしょう!」と。
どちらが正しいとかという問題ではありません。考え方の相違です。
新しい分野を切り開くにあたって狭い視野や思考でなく、その状況に応じてどう向かうか、その状況にはどうあるのが望ましいか、何を必要とされているのかなどといったものを考えるための例え話に活用されているようです。
私はある時、田舎についての評価に対し、この靴の話をふと思い出しました。
田舎は何も無いからつまらないし生活していくうえでも不便だ、そういって人が離れていく、人が集まらない。
そして人がいないから何かを造っても需要が無いので無駄でしょうという考え方。
実際その通りだとも思います。

ですがあの靴の話のように視点を逆に捉えてみたらどうでしょう?
人を集めたいのなら、人口離れを防ぎたいなら、何か魅力あるものを先に創り出せば人は集まるんじゃないかなと。
ひと昔前と違って現代はSNSなどで情報が広範囲で拡散されていきます。
今まで入ってこなかった地域の様々な分野の情報がちょっとしたきっかけで広まり話題に挙がるようにもなりました。
仕事に関しても、地方にいてもリモートで都会と繋がる職種も増えました。
「人がいないからこんなところにこんなものを造ってもしょうがない」
そんなことを言っていては田舎はますます過疎化が進む一方です。
何もないから何もできない、生活していけない。
不便なだけだし。
刺激が無い。
面白くない。
遊ぶところもない。
だったら都会へ出よう。
そうなるとあたり前のように、人もいないそんな所に投資をして何かを造っても潰れるだけだから無駄=何もないから人が寄ってこない、人が離れて行く。
そんな方程式が成り立っていきます。
ならば造ったらどうでしょう?
魅力あるものを造れば人は集まるのではないでしょうか?
そこに留まるのではないでしょうか?
まさに靴を履かない民族に靴を供給してみる、に近いもののような気がします。
確かに口で言うのは簡単です。
それを実際に行うにはよほどの勇気と覚悟、そして資金が無ければできません。
リスクが大きすぎます。
正に大きな賭けでしかありません。
現実的に考えればその第一歩はなかなか踏み出せないかもしれません。
たとえばクラウドファンディングなどをしたとしても、成功に結び付くかは分かりません。
でも何も無いからという理由が元で、人口減少の加速は地方の田舎が廃れる根源になります。
人がいないから造っても無駄、何も無いから人が集まらない、そのループが繰り返され果ては廃墟だけの集落になったりするのです。
自然環境をできるだけ維持しながら、田舎でも、或いは田舎ならではの、他所から人が集まってくるような話題性のあるもの、魅力のあるものを創れ(造れ・作れ)たら、そんな風に思いましたが皆様はどう感じられたでしょうか。
裸足の民族は裸足のままの方が過ごしやすいのかもしれません。

でも、もしかしたら靴を履き始めたら裸足には戻れなくなるのかもしれませんね。
それは、文化や環境を維持できるかできないか、という問題とは少し違う気もしますが……。
以上
好奇心からの便りでした。
お立ち寄りありがとうございました。
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