こんばんは。
好奇心からの便りです。
月の初めの日、1日というのは何となく気持ちを改めなきゃとか、何か継続したいことをやり始めなきゃとか、そういった「よし、今日から!」などといつも気合だけは入ります。
特に今日は新年度初めの日。
であれば尚のこと、区切りが良いとして小さなことでいいので何かしら今日から続けたい、そう思ったのですが、さて、これといって何を始める?
何に手を付ける?
結局いつもと変わらずいち日が終わってしまいました。
でも、「やらなきゃ」そんな風に義務的なものを自分に課するとそれが負担になって、結局いくらも続かないのだろうなと、そうも思います。
これも言い訳でしかありませんが。
でも、言い訳と自分で認められるくらいでちょうどいいかな、そんなおかしなフォローを自分でして開き直っています。
実際、「○○しなきゃ」というのは自分を委縮させてしまいます。
「ま、いっか」
「今日は何もできなかったけど、ま、いっか」
これぐらいが精神衛生上ちょうど良いのではないかなと思います、私のようなめんどくさがり屋には。
もともと完璧人間など目指してはいないですし、世の中完璧な人もいません。
だからこそ安心とかやり甲斐とか、癒しとか勇気、そんなものでみんな日々生かされているのだと思います。
「なんだ、自分だけじゃないんだ」とか、「あの人でさえ失敗するんだ」とか。
「これでもいいんだ」「次できるかもしれないし」
それくらいの気持ちの余白があっても良いと思います。
完璧ほど退屈なものはないだろうなと感じます。
完璧な人ほど(そんな人はいない)傍から見ても、そして本人も面白くはないでしょう。
世の中に完璧な人ばかりいたら小説も詩歌も生まれなかったことでしょうね。
完璧でないことがどんなに美しいものか、そんな風に受け止めてもらえたらなと思います。
ではまた。
以上
好奇心からの反省の言い訳でした。
おやすみなさい。
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